ITF2017 レポート

国際トロンボーン・フェスティバル(ITF) 2017
(米国カリフォルニア州レッドランズ大学)

リポート◎藤田志津香(スライドリンク[トロンボーン大人会 from 関西]管理人)

 

 
年に一度、おもにアメリカやヨーロッパで開催されてきたITFは今年で46回目を数えます。
会場となったカリフォルニア州のレッドランズ大学は、ロサンゼルス空港からレンタカーで2時間ほどの場所にあります。
私が泊まった会場近くのホテルはゲストアーティストたちが滞在するITFのオフィシャルホテルとして指定されていて、彼らと朝食時や夕方にカジュアルな会話を交わす幸運にも恵まれました。
朝8時から日にちをまたぐ深夜にかけての4日間、クラシックからジャズ、現代音楽やweb配信についてまでも網羅され、リサイタルやコンチェルト・セミナー・野外演奏会などなど数多く(なんと130以上!)が開催されました。
その中から特に強く心を動かされたものを、その奏者を中心にいくつか紹介します。
 

 
●イアン・バウスフィールド(スイス・ベルン芸大教授、元ウィーンフィル首席)

スタンダードな曲や新曲、現代作品、吹奏楽やオーケストラとのコンチェルトなど趣向のちがう幾つものコンサートで、彼の幅広い音楽性と芸術性の真価を改めて見せつけられる4日間になりました。
彼の演奏ではいつも不思議な体験を味わいます。人が熱狂するテクニックや超絶技巧は、あたかも彼にとっては演奏の土台をなす当たり前のことにすぎません。演奏を聴く人は「美しい」「悲しい」「幸せ」といった感情を、直接揺さぶられる以上の音楽的な体験をすることができます。トロンボーンでそんなことが可能だなんて……音楽が持つ力のマジックを実感します。とくに難解で技巧的に聞こえやすい現代音楽のソロでは、音で空間をつなげながら紡いでいくその「ストーリー」に聴衆は時間を忘れて没入していきました。

●ジェイムズ・マーキー(ボストン交響楽団バストロンボーン)

バストロンボーンという楽器でいかに自由な表現が可能なのかを、軽やかに、そして実にクールに見せてくれるマーキーは世界のバストロンボーン奏者たちから大きな注目を集めている存在です。
ソロリサイタルではサプライズで、ダグラス・ヨーとのデュエットで《デビルズ・ワルツ》を演奏し、観客が大いに沸きました。野外コンチェルトはPA付きでしたがオーケストラをバックに《ヴェニスの謝肉祭》を披露。この高難度の曲を楽々とこなすだけでなく、隅々までエレガントに演奏したマーキー。間違いなく今回のITFのハイライトの一つでした。

●ジェレミー・ウィルソン
(米国・ブレア音楽学校助教授、元ウィーンフィル第2トロンボーン)

世界各国のさまざまなアーティストの演奏が続くITFは、まるで奏法や音楽スタイルの博覧会といったおもむきがあります。ウィーンフィルで活動したウィルソンの演奏をバウスフィールドと一緒に聴けたことは、同団がトロンボニストに求めた特別な資質や純然たる演奏の美しさといったものをうかがい知る良い機会となりました。
リサイタルでウィルソンは、自分が教えるブレア音楽学校の生徒のブライアン・エントウィッスル(バストロンボーン)とデュオを演奏しました。この若いプレイヤーのグルーブ感がたいへん素晴らしいものでした。ITFはこうした若手たちが、大きな一歩を踏み出すデビューの舞台を提供する役割をも担っていることを実感しました。

●神田めぐみ(ミルウォーキー交響楽団首席)

演奏だけでなく、彼女のステージでの振る舞いが抜群に魅力的なことに、強い感銘を受けました。演奏のみならず、パフォーマーの人間的な魅力までもが客席に伝わって来ることで、より幸せな空間をプレゼントされたと聴衆として感じました。リサイタルで披露されたダグラス・ヨーとのデュエットでは、彼女が奏でるやさしい美しさと、懐の深さを感じさせるヨー氏のバストロンボーンとが美しく溶け合い、今回のプログラムのなかでも特筆すべき温かなプレゼンテーションでした。

●ジョン・ケニー
(トロンボーン奏者、俳優。ロンドン・ギルドホール音楽演劇学校教授、スコットランド王立音楽学校教授)

今回のITFでは、ジャズの演奏会や、インターネットへの演奏公開法セミナーなど異色のプログラムが目立ちましたが、前衛的な現代曲のコンサートが多かったのも大きな特徴でした。こうしたところに、開催国・都市の「今」が反映されることが、いつも場所を変えて開催されるITFの大きな魅力でもあります。
そんなプログラムの中で、ソロやトロンボーンアンサンブル、異種楽器や映像との共演など、さまざまなスタイルで現代音楽の表現の可能性を示したジョン・ケニーのステージは圧巻でした。とくにクロージングコンサートでは、映像作家やサウンドデザイナーとのコラボレーションで、パワフルでありながら、とても繊細でもあるコンテンポラリー芸術の空間を創り出し、聴衆は耳と目で別世界へ連れて行かれたような特別な体験を味わいました。

●ラージアンサンブル

併催されたコンクールのラージアンサンブル部門(レミントン・コンペティション)で優勝したのは、ノースウェスタン大学のトロンボーンアンサンブル(15名)でした。各曲の演奏レベルと完成度が非常に高く、さながら一つの素晴らしいアンサンブル・コンサートとなりました。
ほかにも、初日にリサイタルを行ったサンディエゴ・トロンボーン・コレクティブ(11名+オルガン)や、今回のITFに携わるメンバーで構成された2017クラマーコア(25名+オルガン/マーキーがオルガンで参加!)などが素晴らしい演奏を聞かせました。

並行して開催されたイベントが多かったため参加できませんでしたが、ジャズ系のコンサートやセミナーも数多く行われ、興味のあるジャンルによってそれぞれに違う楽しみ方ができるのもITFの大きな魅力でしょう。
今まで知らなかった土地の空気に触れ、憧れのアーティストや世界からの参加者と交流し、感動をシェアできるITF。2015年のスペイン大会ではフラメンコがフィーチャーされましたが、今回のカリフォルニア大会では、老若男女のトロンボーン吹きが集まって合奏したジャズや、アメリカで育まれて来た現代作品のプログラムに土地柄が色濃く反映されていたと思います。こうしたホスト国(地域)のカラーを楽しめるのもITFの魅力だと思います。

(パイパーズ434号より一部抜粋・改訂して転載)